管弦楽や吹奏楽の指揮者として活動されている岡田友弘氏に、学生指揮者の皆様へ向けて色々なことを教えてもらおうというコラム。
主に高等学校および大学の吹奏楽部の学生指揮者で、指揮および指導については初心者、という方を念頭においていただいています。(岡田さん自身も学生指揮者でした。)
コラムを通じて色々なことを学べるはずです!
第13回は「協和音程と不協和音程~すべては緊張から解放へ」。
音楽は緊張と解放の連続。それについて細かく探っていきます。
さっそく読んでみましょう!
合奏するためのスコアの読み方(その8)
前回に引き続き「音程」のお話をしていきましょう。
以前のコラムで2音間の隔たりを「~度」で表すということをお話ししました。
今回はその「音程」をもう少し細かい種類に分類していきます。
*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→コラム第10回「本来の「音程」の意味と転回音程」§1~§4
§1.度数に冠せられる名称がある
楽譜上同じ音の間隔でも響きが違う場所があります。それは音程の幅にその原因があるのですが、実際にその2音をピアノなどで鳴らすと、その響きの違いがすぐにわかると思います。例えば以下のような場合です。
青島広志著「究極の楽典」(全音楽譜出版社)より引用
同じ「3度」の音程ですが、上の譜例と下の譜例とでは「半音一個分」の間隔の違いがあります。このように度数だけでは正確な音程を示すことができない不具合を解決するために、度数の前に「完全」「長」「短」「増」「減」「重増」「重減」などという語をつけて区別します。
これらの語はすべての音程に対して使われることはなく、二つの系列に分けて用いられます。
この二つの系列が「完全系」と「長短系」と呼ばれるものです。
§2.完全系の度数
「完全系」とは「完全~度」が標準的な音程であるもので、1、4、5、8度が完全系の音程です。この完全系の音程はその標準的な完全音程から半音広くなったり、また逆に半音狭くなったりするとその音程は「増~度」「減~度」とあらわします。それよりさらに半音ずつ広がったり狭まったりすると「重増~度」「重減~度」と表記します。この完全系の音程に「長」「短」が冠されることはありません。
なぜ「完全」と」呼ばれるのでしょうか?それは前回のコラム(第12回)でお話しした「振動数の比」が大きな関わりを持つのです。1度は「1:1」8度は「1:2」5度は「2:3」4度は「3:4」という振動比になっていました。単純な数字の比率で、数字上「1:1の比率に近い」ものです。数的には響きの「純度が高い」音程です。「音の調和が世界の調和につながる」という考え方のもと、よりシンプルで純度の高い響きというものが「完全なる調和の世界」として位置付けられたものと言えると思います。そして完全系に属する音程を軸として和声の進行(コード進行やカデンツ)が展開されていくのです。つまり「主音(トニック)」と「属音(ドミナント)」「下属音(サブドミナント)」が完全系音程に分類されます。
*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→コラム第10回「本来の「音程」の意味と転回音程」§3
*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→コラム第12回「音程の違いが引き起こすこと」§1,§2
§3.長短系の音程
「長短系」の音程とは標準的な音程が「長~度」「短~度」のいずれかで表されます。この長短系に属するのは2、3、6、7度です。この「長」と「短」の違いはその同じ度数の数字において半音一個分の違いです。例えば「長2度」と「短2度」では長2度が「半音2個(全音)」であり短2度は「半音1個」となります。その幅よりも半音広がったり狭まったりすると広がる場合は「長」の場合は「増」に広がり、「短」の場合は「減」に狭まります。「長」が狭まる場合は「短」となり「短」が広がる場合は「長」となります。これらの長短系の音程には完全がつくことはありません。3度や6度は響きとしては調和して聴こえます。響きとしてもさほど不安定さや不快感を持つものではないのですが「完全」には分類されません。その理由は諸説あるのですが、同じ度数の中に「長」と「短」の2種類が存在している曖昧さが「完全」という名称の分類にそれらを含めなかったという説があります。あくまで「聴いた時に得られる印象」よりも「数的なもの」がこの場合は優先されているのです。
これらの音程系のグループは「メディアント」「サブメディアント」などハーモニーの響きの違いに重要な役割を果たす音、そして「導音」や「スーパートニック」など音の進行や解決を促す音がそれに該当します。
完全系と長短系の音程をわかりやすく図にしたものがあります。これは日本の楽典の本の多くに採用されているもので、僕も音楽の授業で音程を勉強した時にこの表の書かれたプリントを配布された記憶があります。非常にわかりやすい表だと思いますので、皆さんも是非見て覚えて欲しいと思います。
青島広志著「究極の楽典」(全音楽譜出版社)より引用
*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→コラム第10回「本来の「音程」の意味と転回音程」§3
§4.協和音程と不協和音程
前項でお話しした音程はそれぞれ「協和音程」「不協和音程」に分類されます。そしてさらにそれは細かく分類されます。
・完全協和音程
・不完全協和音程
・不協和音程
この3つのグループに分類される音程は以下のようになります。
・完全協和音程・・・完全1度、完全4度、完全5度、完全8度
・不完全協和音程・・・長・短3度、長・短6度
・不協和音程・・・それ以外の音程
音楽は人間が感じるものですので、全てがはっきりと色分けすることができないこともあります。この場合も「協和する音程」と「不協和の音程」だけでは2音間の音の隔たりを分類することに無理が出てきます。そのため「完全協和音程」と「不協和音程」に加えて「不完全協和音程」というグループに属する音程が存在するのです。仲間としては「協和音程」に所属します。
§5.協和音程と不協和音程の音楽における役割
まず「音程」の違いとは何でしょうか?それは「緊張度の度合い」の違いに他なりません。
音楽は「緊張(推進)」から「解放(安定)」へと進むことの連続です。もちろん「安定→緊張→安定」という連続性を持っています。このことが私たちに音楽を聴いて感じる様々な感情や感覚を促しているのです。
ここで皆さんがスコアを読んで合奏をしていくときに覚えて欲しい原則があります。
それは「音楽の基本は協和音程である」ということです。
協和音とは、解決に向かう緊張を含まない(2音以上の)音の重なりです。「安定した響き」と呼ばれます。
一方で「不協和音」は、協和音への解決を求める(2音以上の)音の重なりです。「緊張した響き」または「方向性のある響き」と呼ばれます。
今後実践編としてお話を進めていく際にも触れていきますが、曲のスコアを読むときには「安定した響き」と「方向性のある響きを」見つけて分類し、さらに安定した響きの中で「より安定した響き」を見つけて、そこからの音の進み方を組み立てていくということをします。全体像を見た時の「安定した響き」と「安定した響きに向かう響き」そして「それらの音や響きのつながりや音色の変化」を発見し色分けしていくことが大切になってきます。これをすることで音楽の「ストーリーの展開」や「物語のジャンル」などが自分の中に明確になってきます。
*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→コラム第9回「短音階と導音~音楽とエネルギーの話」§3,§4
§6.「不協和音程の解決」の音楽史的な意味
「完全から始まり、完全に終わる」ことが後期ロマン派(19世期末から20世紀初頭)までもの長い間にわたって西洋音楽を支配してきました。現代の音楽は一概にそのような音楽の考え方をもってはいないのですが、大部分の作品は今でもこの大原則に支配されています。
キリスト教的神学の考え方にも由来するこの考え方は、かつては宗教的・哲学的な考えのもとに論じられてきたことなのですが、時代が進むにつれてその「神学的な要素」が薄くなっていき「聴覚的な習慣」のみが残りました。このように変化はあるにしてもこの「完全に始まり、完全に終わる」という大前提が音楽の聴き方を支配してきたのです。
さらにギリシャ音楽理論(ピュタゴラスやヘラクレイトスでみなさんお馴染みですね!)的に言えば、不協和な音程は「不完全」であり、「非調和」であるということ(のちの時代の感覚でいえば「音が濁っていて不快な音である」ということ)は、聴く人にとって「心地よくない」からそのような音程は「完全な音程に進行しなくてはならない」ということになります。このことを「不協和音程の協和音程への解決」と言います。
*忘れていたら過去記事をもう一度読んでみよう!→コラム第12回「音程の違いが引き起こすこと」
協和音程が音楽の基本ではあるのですが、それは進行する「不協和音程」の存在があるからこそ、音楽を一層魅力的なものにしているのです。そして不協和音は協和音に比べて音を合わせるのは難しいので、その不協和音の扱い方を意識することで音楽がより魅力的なものとなるのです。もちろん協和させることは合奏ではとても難しく、時間をかけて練習していかなくてはいけないことですが、協和音程と不協和音程の役割や意味などをしっかり意識しながらスコアを読んでいきましょう。
音楽の流れの中においては「不協和音程は準備され協和音程に解決する」という原則が大切です。そして「不協和音程は協和音程の流れの中で偶然に発生し、必ず隣の協和音程に導かれる」という性質を持っています。
旋律の自然な流れの中で、そのような不協和音程が一瞬だけ出てくるのであればむしろ歌うのは簡単です。これらの音は旋律の流れの中で偶然発生するのですがさほど違和感がありません。むしろ旋律が進行する際にとても大事な役割を果たすことが多いのです。そのような音を総称して「経過音」と呼び、数種類あるのですが、その「経過音」や「非和声音」「和音外音」についてはまた改めてお話ししようと思います。このことは普段皆さんがよく耳にする「アウフタクト」の西洋音楽における重要な意味と役割にも関わってくるのです。
ヨーロッパで勉強していた頃、レッスンの際によく先生に言われたことがありました。それは「アウフタクトは期待だ!」という言葉でした。その時はいまいち本当の意味がわからなかったのですが「非協和音程が協和音程に解決したいと思う力」であり「解決する音の安定を強く期待するような解決音に進む力の方向性の強さ」のことを「期待」という前向きな言葉で表現したのでしょう。僕も「アウフタクトは期待である」と今ならば確信を持って言えます。皆さんもアウフタクトを演奏する時、指揮をする時は「解決に向かう期待」をイメージして表現してもらえたらと思います。
今は苦しく悩むことも多いかもしれませんが、美しく安定した解決や協和のために必要なのです。この緊張状態や不協和状態を解決に向けて前向きに「期待」して日々の活動をして欲しいと思います。
音楽と一緒で「すべては緊張から解放へ」向かいます。全ての音楽は「完全に向かって」進みます。音楽において日常の様々なことにおいてもこの「アウフタクト」「経過音」、つまり「協和音程に解決するために準備される不協和音程」を楽しんで欲しいと思います。
それでは次回もお楽しみに!
文:岡田友弘
※この記事の著作権は岡田友弘氏に帰属します。
以上、岡田友弘さんから学生指揮者の皆様へ向けたコラムでした。
それでは次回をお楽しみに!
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岡田友弘氏プロフィール
写真:井村重人
1974年秋田県出身。秋田県立本荘高等学校卒業後、中央大学文学部文学科ドイツ文学専攻卒業。その後、桐朋学園大学音楽学部において指揮法を学び、渡欧。キジアーナ音楽院大学院(イタリア)を研鑽の拠点とし、ウィーン国立音楽大学、タングルウッド音楽センター(アメリカ)などのヨーロッパ、アメリカ各地の音楽教育機関や音楽祭、講習会にて研鑚を積む。ブザンソン国際指揮者コンクール本選出場。指揮法を尾高忠明、高階正光、久志本涼、ジャンルイージ・ジェルメッティの各氏に師事。またクルト・マズーア、ベルナルト・ハイティンク、エド・デ・ワールトなどのマスタークラスに参加し、薫陶を受けた。
これまでに、東京交響楽団、セントラル愛知交響楽団などをはじめ、各地の主要オーケストラと共演するほか、数多くのアマテュア・オーケストラや吹奏楽団の指導にも尽力し、地方都市の音楽文化の高揚と発展にも広く貢献。また、児童のための音楽イヴェントにも積極的に関わり、マスコットキャラクターによって結成された金管合奏団“ズーラシアン・ブラス”の「おともだちプレイヤー」(指揮者)も務め、同団のCDアルバムを含むレコーディングにも参加。また、「たけしの誰でもピカソ」、「テレビチャンピオン」(ともにテレビ東京)にも出演し、話題となった。
彼の指揮者としてのレパートリーは古典から現代音楽まで多岐にわたり、ドイツ・オーストリア系の作曲家の管弦楽作品を主軸とし、ロシア音楽、北欧音楽の演奏にも定評がある。また近年では、イギリス音楽やフランス音楽、エストニア音楽などにもフォーカスを当て、研究を深めている。また、各ジャンルのソリストとの共演においても、その温かくユーモア溢れる人柄と音楽性によって多くの信頼を集めている。
日本リヒャルト・シュトラウス協会会員。英国レイフ・ヴォーン=ウィリアムズ・ソサエティ会員。
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